退団スタッフインタビュー
馬場美喜男[アシスタントコーチ/採用]
惚れぬく力。
今日のヴェルブリッツの土台を作り上げた功労者が任務を終えた。
愛称バンさんこと馬場美喜男。今季の肩書は「アシスタントコーチ/採用」。その手腕は、2016年度から続けてきた選手の採用担当で、存分に発揮された。現在所属する日本人選手の大半は、自らリクルートしてきた選手たちだ。
伏見工業、立命館大を経て2005年にトヨタ自動車に入社。2011年度限りで引退した馬場がチームに戻ったのは、2016年1月のこと。それまでリクルートはOBが社業の傍ら担当していたが、トップリーグ(当時)の強化加速もあり、初めてフルタイムとして採用を任された。
表に出ることは少ないが、採用担当はチームの根幹を担う部分。東西の大学のグラウンドに足を運び、自分の目で確かめ、チームが必要とする選手を獲得する。
その仕事は試合の行われる週末に限らない。平日もグラウンドに通い、監督や選手と言葉を交わす。大学の監督が高校に足を運ぶことから、高校のグラウンドにも通った。練習試合も1年マッチからA~Cチームまで、全ての試合を網羅。夏合宿ともなれば、1日に数試合をハシゴする。
「休みはあまりなかったかもしれませんね」
選手に声をかけるにあたり心がけたのは、まずトヨタに合う選手かどうか。その時の監督が欲しいポジション、タイプを頭に入れて試合を観る。そして、元トッププレーヤーならではのこだわりもある。
「ボールを持っていないときの動きを重視しました。試合前の準備の段階やハドルの中での話、オンオフがしっかりできているかも」
現在、馬場が採用を担当して加入した選手は30名。三浦昌悟、木津悠輔、岡田優輝(2018年度)。秋山大地、古川聖人、福田健太、髙橋汰地(2019年度)…。今季加入のアイザイア・マプスアまで、現在のチームの中心となっている。
「いいタイミングで、いい選手と巡り合えた。岡田は、大学2年で見た時から“間違いない”と思っていたら、新人王をとってくれた。福田健太も2~3年は苦労しましたが、今季爆発した。山口修平(2019年度)も、ポテンシャルある選手で、ようやく花開いた」
選手の成長は想定内。それがプロの採用担当の矜持だ。それでも、予想を超えて伸びる選手もいる。
「一人あげるとしたら、ルンヤ(崔凌也(2017年度)かな。ここまでチームを支える存在になるとは」
それでも決して自分の手柄にはしない。
「いろんな人のご縁やタイミングがうまく集まってくれた。ヒメ(姫野和樹=2017年度)の存在も大きかった。一人いい選手がいると、慕って集まってくれる」
馬場自身、「スカウト」されて今の人生を歩み出した。
京都生まれ。西京極中で1年生からラグビーを始めた。高校は私立に進学するつもりで、受験の準備を進めていた。そこに、とある訪問者が家に訪れた。伏見工業の山口良治総監督だった。
「ある日突然、山口先生が家に来られて“伏見工業(現京都工学院)でラグビーをやらないか”と誘われました。それまでスクール★ウォーズもあまり知らなくて、山口先生のことも存じあげなかったのですが、温かくて人間味があって、直感的に“この人だ”と。一夜で伏見工業に行くことを決めました。あの出会いがなかったら、今の僕はない」
山口総監督が直々に声をかけたのは、故・平尾誠二さん、薬師寺大輔さん、今村友基さん(いずれも元神戸製鋼)、そして馬場の4人と言われている。共通点は卓越した司令塔であること。馬場も伏見工業に入学すると、10番をつけて活躍。第80回全国高校大会で頂点に立った。平尾さんの活躍で初優勝したときから20年、創部40周年のメモリアルイヤーでもあった。
有望選手は、いくつものチームから声がかかる。その中でトヨタを選んでもらうためには、採用担当の人間力にも左右される。選手を獲得するための根幹は恋愛と一緒だという。
「自分が惚れた相手にどこまで惚れぬくか。どれだけ自分がその選手に会いにいけるか。三顧の礼をもって思いを伝えられるか。大切なのは惚れぬく力」
何より、目先のプレーだけで判断しない。選手の成長過程を見守り続ける。
「4年生になるまで、どんなストーリーで、どれだけ伸びてきたかを見る。選手のバックボーンを知っていれば、トヨタに入った後も外国人コーチに対して、“彼はこういうタイプだから、こう思うんだよ”と助言できる」
2021年度にコーチの肩書が加わってからは、外国人コーチが指導しやすいようサポートに徹した。まさに縁の下の力持ちだった。
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現在の職場はGR企画部。
「ラグビー部にラグビー好きな人が集まっているように、車好きな方が集まっています」
国内のモータースポーツを盛り上げて、レースで培った技術を市販車に応用するための部署だ。実家は自動車修理工場、幼い頃から車は身近にあったが、四輪に魅せられた同僚の熱気に刺激を受ける毎日だ。
「新しい仕事を覚えるのが大変で、ラグビーから離れた寂しさを感じる暇もないくらい(笑)」
これからは一OBとして応援する立場に回る。
「自分が誘った子たちがチームの中核になって、世界のリーダーから学んで成長してくれている。安心して任せていけます」
運命的出会いを果たした中学生は、自らも同じように選手に愛と情熱を注ぎ続けた。
写真説明
「バンさん」は選手たちの良き相談役でもあった
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