退団選手インタビュー
吉田杏
「使い勝手のいい選手でなく、先頭に立って引っ張る選手でありたい」
遅れて発表された退団のリリースに驚いたファンは多いだろう。トヨタヴェルブリッツに在籍して5年の吉田杏がチームを去る。FW第2列、3列をこなすだけでなく、帝京大時代はWTBも務めるマルチプレーヤー。今季のプレシーズンではリーダーも務めるなど、チームの中でも中核の存在。仲間もスタッフも寝耳に水の出来事だった。
「いろいろな思いがあって。タイミングや、年齢などを考えて、今年がベストかなと」
2年前、社員からプロ契約選手になった。
「なった当初は自信がなかったけど、2年間プロでやったことで、自分に自信がついた」
キアラン・リード、マイケル・フーパー、ピーターステフ・デュトイ…。世界の名だたるトッププレーヤーとポジションを争った。
「それぞれ色も違うし特徴も違う。競り合えていたかはわからないけど、完全に負けてるなという場面はなくて、やっていく中で自信がついた」
当たり負けしないコンタクト、ブレイクダウンでのスキルにトライもとれる脚力。先発で80分間ピッチに立つに十分な実力だ。だが今季の出場は16試合中6試合が先発、7試合はリザーブ。3試合はメンバー外。それは吉田自身のパフォーマンス云々ではなく、外国人選手との兼ね合いだった。
「自分は4~8番が出来るから、使い勝手がいいんだろうとは思います。トヨタは海外の選手も多いですし、自分をリザーブに置いたらうまく回る。僕も監督の立場になれば、ワールドクラスの選手を使う。それは理解できます」
自分を客観視することも忘れない。それでも内側から滾る思いは抑えきれなかった。
「使い勝手のいい選手ではなくて、先頭に立てるような選手でありたい」
ずっと心は揺れていた。
「このチームは好きですし、5年間愛情を持ってやってきた。コーチ陣からも残ってほしいと言われました。悩み続けた結果、悩んでる時点で、他の道にいきたいんだということに気づいた。その気持ちに嘘はつきたくなかった。自分の気持ちに素直になった時、お世話になったチームを離れて、自分の力で成り上がっていきたいと」
もう一つ、背中を押した出来事がある。昨年、父親が46歳の若さで他界した。何の持病もなかったのに、突如、帰らぬ人に。
「ちょうど1年前の6月、シーズンが終わった頃でした。いつ何が起きるか分からないということを、その時思った。僕は今年で28歳。20年後、どうなっているかは分からない。現役を続けられるのは短いし、一度きりの人生、後悔しないようにと」
トップレベルでプレーする者として当然、日本代表を目指したい。そのためにプレータイムを増やす必要もあった。
「今年、W杯が開催されて、来年はまたメンバーがリセットされる。選ばれるかどうかはわかりませんが、試合に出続けることが選ばれるチャンスになる。試合をしないと成長しないし、成長を求めて、自分から動かないといけないと。リーグワンの舞台で力を示す。俺はここにいる、とアピールする気持ちを持って、この決断に至りました」
4月8日、先発した第14節の三菱重工相模原ダイナボアーズ戦後、こうも語っていた。
「いまトヨタだけじゃなくて、3列は外国人選手が多く試合に出ている。そこで日本人が頭角を現さないといけない、と自分自身思っている」
外国人選手の多いリーグワンの現状に危機感を抱く。
「日本人を育てる文化、取り組みをリーグワン自体で目指さないと、大学生が入ってこなくなる」
日本人FWとしてリーグワンを引っ張っていくと腹を括った。
1年目からずっと心に残っていた悔しさがあった。
「入って最初の年(2018年)、トップリーグの開幕戦でサントリー(現東京SG)に逆転負けした(25―27)。それが悔しくて悔しくて…。それも今年勝てたので、すっきりした。すべてのタイミングが今年でした」
5月28日にトヨタSCで開催されたファン感謝祭、「私用が入っているので、行けるとしたら最後の30分くらい」とのことだったが、退団選手のセレモニーに姿はなかった。
だが感謝祭が終了してしばらく経った頃、グラウンドから離れた一角に、ファンの長い列ができた。吉田が感謝祭に足を運んだファンに対応していたのだ。
決して声高に主張するタイプではない。だが秘めた思いは熱く、誠実だ。それゆえ多くのヴェルブリッツファンに愛された。最後に見せたその姿は、グラウンドでのプレーと重なった。
(写真説明)
リーグワン2022-23開幕の静岡ブルーレヴズ戦に先発出場
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