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選手リレー日記(第1回〜16話)川西智治 Tomoharu Kawanishi

川ちゃんブログ16話 『川西の作り方・・・その16』ファンの皆様!!!やっほーーーーー、川ちゃんです☆いつもたくさんの応援ありがとうございます!ブログ第16弾、いっきまーす^^※あくまでも僕の学生時代の話なので、そこだけはよーーーーーーーく注意してください。笑両親の支えのもと、毎日耐える日々を過ごしていましたが、僕を支えてくれた人達はたくさんいました。まずは以前ブログでも紹介させていただきました『水田先生』です。会うと必ず肩を組んでくれて『頑張れ』と声をかけてくれました。他には、引退した3年生でキャプテンをやっていた『山下さん』です。もともと地元が一緒で実家も近所ということで、あまり接点はなかったですが、もともと僕にだけは優しくて、3年生の中に唯一味方がいると思うと少し気は楽でした。一度帰り道に僕が柏駅で電車を待っている時に、その山下さんが僕を見かけて声をかけてくれました。『おい、お前大丈夫か?飛び込むなよ笑』って。僕はぼーっとしてただけなんですけど、後から当時の話聞くとかなり切羽詰まった顔をしてみたいです笑そして一番支えになったのが、クラスメートと同期のラグビー部の仲間です。流経大柏は基本スポーツは強いです。そして練習もきついです。部は違えど、きつい学校生活を共に過ごしているので、一体感と仲の良さは半端じゃないです。それでも僕のその時のやられっぷりはみんなが心配してくれるほどでした。僕は授業中本当に永遠寝てました。先生が注意するとみんなが『先生、川西は今そっとしといてあげてくれ』とか言ってくれたり、色々と気使ってくれました。笑そして休み時間にぼーっとしてる時は、『とりあえず階段いこうぜ』って僕を連れ出してくれて、みんなで仰向けに寝っ転がって励ましてくれました。共学の男子なら何を見ていたかわかると思いますが、すごく元気になりました。笑一言だけ言わせてください、ありがとう!!!そしてごめんなさい!!笑練習終わりは帰り道が一緒な同期が毎日一緒に帰ってくれて、椅子は譲ってくれて、僕が寝過ごさないように見守っててくれました。そういう環境に入れたことであの時を乗り越えて今があるんだと思います。僕は恵まれてました。そうしている内に県予選が始まり、危なげなく優勝することが出来ました。当時千葉県では、絶対王者だったので。あとこの時チーム的な仕上がりは良くて、なんとなく強さは感じました。ただ僕はとにかく怒られないようにという考えで、活躍したいなんてこと考えていなかったです。そして関東新人大会が始まりました。関東大会は各県の1・2位が出場する大会で二回戦が全国選抜出場の決定戦となります。一回戦は難なく勝ち、ついに運命の二回戦です。相手は神奈川代表の『桐蔭学園』です。今もそうですが、ラグビーの試合当日は会場に行く前に必ずミーティングがあります。高校の時の試合前のミーティングで唯一覚えているのは、この日のミーティングです。いつもは戦術を確認したりするんですが、この日だけは違いました。監督がホワイトボードに『勝ちたい、勝ちたい、勝ちたい、俺たちは絶対勝つ』と書き、何が何でも勝ちたいという気持ちだけを僕たちにぶつけて鼓舞してくれました。いつもは僕の頭の中で何回もマンションの屋上から突き落としている監督ですが、この時だけは同じ気持ちになりました。そして試合は僅差で勝ち、全国選抜出場の切符を手に入れました!新チームが始まり、辛くて下ばかり向いていた僕ですが、初めて自分の勝ちたいという気持ちで戦った試合があの試合だったと思います。試合が終わって初めてプレーを色んな人から褒められました。すごくうれしかったのを覚えています。勝つっていいな、いいプレーするって気持ちいいなってホントの意味で感じた試合でした。その後準決勝は優勝候補の『正智深谷』でした。今と違いあの頃のラグビー界には外国人選手が少なかった時代で、正智はトンガ人を率いていることで有名で、ラグビー詳しい僕以上の年齢の方は分かると思いますが、正智には『ロアマヌ・クリスチャン』がいました笑悔しいですが、負けてしまいました。そしてまた次の日に3位決定戦で、今度は『深谷高校』と対戦して、僅差で勝つことが出来ました!この試合でも確か、いいプレーが出来てうれしかったことを覚えてます。流経大柏は関東3位で全国選抜に臨むことになりました^^そして新チームと言われる期間が終わりました。ホント終わった時にはあっという間だったな~って思えるんですよね。あんなに苦しくて1日が1か月くらいに感じたのに・・・。人間で不思議ですね笑ただ何度も言いますが、この新チーム以上にきつく辛いことは未だになく、この日々を乗り越えたからこそ、今こうしてラグビー続けられてると思います。人それぞれ心も考え方も体も違うので、痛みや苦しみや喜びや悲しみを比べることは絶対してはいけないと思うし、したところで、何も生まれません。(そもそもしてないと思いますが笑)ですが、僕から言えることは辛いこともいつか終わりが来て、また辛さ苦しさもあるけど、絶対楽しさやうれしさも感じれるってことです。このブログを見ている人がいたら、自分を幸せにするためにみんなで一緒に頑張りましょう^^

選手リレー日記(第35回)マレ・サウ Male Sa'u

My name is Male Sa'u I am of Samoan descent, I am the youngest of 3 children (1 older brother and 1 older sister) and I was born and raised in South Auckland, New Zealand. At the age of 7 I started to play rugby for my local rugby club but didn’t really enjoy it until my dad started bribing me to play well every Saturday and he would buy me some McDonalds and rent me a PlayStation game if I scored a try. マレ・サウです。私の家系はサモアであり、3人兄弟(兄、姉、自分)の末っ子としてニュージーランドの南オークランドで生まれ育ちました。7歳の時に地元のラグビーチームでラグビーを始めましたが、当初はラグビーをエンジョイする事はありませんでした。しかしラグビーをすると父が「ご褒美」をくれたので、それに釣られていいプレーがしたくなりました。ニュージーランドでは土曜に試合が開催されるのですが、試合でいいプレーをすると父はマクドナルドへ連れて行ってくれました。さらにトライをすると父のプレーステーションを貸してくれました。I played club rugby until I was 15. There were times where I didn’t want to go to training but my father would push me to go and drive me to training even if he was tired from work. Now that I look back, I am grateful to him for always forcing me and the sacrifices he made.15歳までクラブラグビーを続けました。時には練習に行きたくない日もありましたが、父はどんなに疲れていようが私をグラウンドまで連れて行ってくれました。今になって振り返ってみると、犠牲を払いながらも無理やり私をトレーニングフィールドまで連れて行ってくれた父に感謝しています。

選手リレー日記(第34回)ヴァティリアイ・ツイドラキ Vatiliai Tuidraki

選手リレー日記 (第1回〜15話)川西智治 Tomoharu Kawanishi

川ちゃんブログ15話 『川西の作り方・・・その15』ファンの皆様!!!やっほーーーーー、川ちゃんです☆いつもたくさんの応援ありがとうございます!ブログ第15弾、いっきまーす^^※あくまでも僕の学生時代の話なので、そこだけはよーーーーーーーく注意してください。笑練習が始まります。早速僕が要求されたようなプレーが出来ません。監督の機嫌がどんどん悪くなります。三年生は僕に狙いを絞って、追い込んできます。要求通りにできないから『アゲイン!』と監督から声がかかります。※言葉の通りやり直しで、今聞いても嫌な響きです。みんな現役のみんながどんどん疲労していきますが、練習は僕ができるまで終わりません。三年生は練習終わらないからイライラして、そのイライラを標的の僕に向けてさらに追い込んできます。結局練習が終わるのは毎日22時半とか余裕で超えます。練習が終わると現役全員でアイシング風呂に入るんですが、そこで二年生の先輩に永遠説教されます。比較的二年生は優しい人が多かったんで、止めてくれる人もいて、すごくうれしかったですが、それより自分のせいでこんな状況になっているので、申し訳ない気持ちで一生下向いてました。家に着くのが0時超える時もありましたし、何回も電車で寝過ごしそうになった時もあります。家に着くと、あと何時間で練習が始まると考えてしまい、疲れすぎて眠かったですが、目つぶったら朝なので、怖くて目を閉じれなかったです。そして瞬きすると一瞬で朝になり、練習が始まります。まだ一年生なので、一年生の仕事があるため、朝も早いです。学校生活では、申し訳ないですが、永遠寝て、練習前の最後の授業はずっと怖くてトイレに籠ってました。引退してルンルンの三年生を校内で会ってしまうと最悪です。言えないですが、ご想像にお任せします。ちょっと三年生を悪く書いてしまいましたが、まー昔の上下関係なんてそんなもんでした笑そんな感じの生活がずっと続きました。本当になんであんな1日1日が長く感じるんだろうと思いました。新チームスタートの時は体重97キロだったんですが、3週間くらいで79キロまでいきました。もうケガしてくれ!とかBチームに落としてくれってずっと思ってました。そしてついにやめたいと思いました。毎日帰るのが、深夜なのでいつも母親が夜ご飯を作って待っててくれました。あまり口にすることなくすぐ風呂入って部屋に行き、寝ました。毎朝も早く母親が弁当と朝ごはんと練習着を用意して、起こしてくれました。きつかっただろうな。。。一度早く練習が終わり、早く帰れる日がありました。その時は父親も起きていたので、『ここしかない!!』と思い、話を切り出しました。まずパンツ一丁になりました。笑いをとるためではなく体の状態を見せるためです。(痩せたからだを見せるわけではないですが、理由は想像してください)正座して、『やめさせてください』と両親に頭を下げました。父親が一言『ダメ』即答でした。『そもそも俺らの反対押し切って自分が決めた場所だろう』『この先人生でもっとつらいことが出てくるけど、今やめたらお前の中にやめるっていう選択の道がでてきてしまう。 もし本当に何かあったら俺が学校に乗り込んでやるからもう少し頑張れ』この父親の言葉は今も忘れません。ただこの時『何かあるから言ってんだよ』って思ってましたが、心が何かに包まれた気がして、もう少し頑張れる気持ちになりました。まーそもそも未だにこの時以上の辛い日々はないです笑その後もつらい日々は変わらず、『時間が解決してくれる』って思って、毎日ただただ耐えてました。ただ少し変わったことがありました。練習前にトイレに籠っているとそのくらいに時間に毎日かわりばんこで両親がメールをくれました。母親はそういうことする性格なので、わかりましたが、父親から来ていた時はびっくりしたし、少し照れ臭かったけど、すごく力が湧きました。メールをくれたのはその期間だけだったので、保存してたまに見返してました笑僕もメールの力ってすごいなと思って、ここぞって時に人にメールを送ったりします。今考えるとこの時の自分の救われた気持ちがどっかにあって、そういう行動を起こしているんですね。笑あと両親考案で家の冷蔵庫に張り紙が張られました!!高校ラグビー引退まであと『〇〇日!!』っていう張り紙で、1日終わるごとにめくってぐちゃぐちゃにしてごみ箱に捨てました!笑やっぱり親ってすごいですね。そんな感じで日々耐えていき、向上心はなかったので、そこまで成長していなかったと思いますが、学生の僕の体に関しては強くなってたと思います笑第16話に続く・・・

選手リレー日記(第11回〜2話)垣本竜哉 Tatsuya Kakimoto

ヴェルブリッツファンの皆さんこんにちは。こんばんは。おはようございます!垣本です!お盆休みはどう過ごされましたか?制限もあり窮屈でしたがその中で工夫されながら過ごされたと思います。僕もうまくリフレッシュ出来ました!切り替えが大変だったかもしれませんが今週も残り僅か!元気にいきましょう!ブログ第2弾ということで第1回の時に趣味をいくつか話したので今回は「ボートとバス釣り」の”始まりから今”を話したいと思います。バス釣りは大学生の時に勇二さん(竹井選手)に連れて行ってもらったのが最初です。琵琶湖へ行き、早朝から一日中投げましたが結果はボウズ。勇二さんからは「それも釣りやから」と教えてもらいました。トヨタに入ってからも康平さん(吉田選手)、勇二さんと何回も釣りに行きました。色々なところへ行きましたがうまくいきませんでした。僕はおかっぱりではだめ?バスだから釣れない?と考え、小型船舶の免許を取り、魚群探知機付きの船をレンタルして海釣りに行きました。一日中投げましたがただのクルージングになってしまいました。魚群探知機をもってしてもダメでした。ですが最後の方に海にイルカのような魚影が見えてイルカ?サメ?アザラシ?マナティ?と船内は盛り上がりました。船を近づけると・・・

選手リレー日記(第33回)フェツアニ・ラウタイミ Fetuani Lautaimi

Name: Fetuani Lautaimi名前:フェツアニ・ラウタイミAge: 27年齢:27歳Siblings : 2 big brothers and 1 little sister兄弟:兄2人、妹1人Nickname: Vahaニックネーム:ヴァハDefinition of Vaha: It was my father’s late younger brother’s name. He passed in his late twenties when I was just a little boy. So in remembrance of him, I was therefore named after him as Kauvaha of which I am also known for as Vaha.Vahaの由来: Vahaは私の父親の今は亡き弟の名前です。叔父は私が幼少の時に20代後半という若さで死去しました。 そんな中、亡き叔父への想いを込めてVahaと呼ばれるようになりました。Vaha は Kauvaha のVahaです。I was born in the year of 1992. At this time, my father had a very good friend named Lautaimi, who had three girls without a son. Lautaimi desperately wanted a son but seemed to have no luck. He wanted his daughters to have a brother. Therefore, he asked my father to let him adopt me when I was born to fulfil his desire. My father agreed to this so after a few months after I was born, I was given to Lautaimi.私は1992年に生まれました。当時、父の親友はLautaimiさんでした。Lautaimiさんには3人の娘さんはいましたが切望していた息子さんは授かりませんでした。Lautaimiさんは娘たちに弟をもうけたく、私の父に「君の子を養子にくれ」と懇願し、念願の息子を手に入れたのです。その数ヶ月後、私はLautaimi さんに託されました。

選手リレー日記(第1回〜14話)川西智治 Tomoharu Kawanishi

川ちゃんブログ14話 『川西の作り方・・・その14』ファンの皆様!!!やっほーーーーー、川ちゃんです☆いつもたくさんの応援ありがとうございます!ブログ第㈱弾、いっきまーす^^※あくまでも僕の学生時代の話なので、そこだけはよーーーーーーーく注意してください。笑かれこれ10年以上前の逸話です!!天国の正月三日間オフが終わると、ついに『新チーム』が始まります!『新チーム』とは、年末年始に行われる『花園』が終わると、4月に行われる『全国選抜大会』への切符を手に入れるために、千葉県新人大会→関東新人大会という予選を勝ち上がり、関東上位8チームが全国選抜に出場することが出来ます。流経大柏では『夏合宿』に匹敵する合宿が『春合宿』と言われています。全国選抜に出場すると春合宿がある程度調整になるが、全国選抜に出場できないと春合宿以降次の大会まで時間が空きます。地獄の合宿になると聞いていたので、何が何でも勝たなければなりません。本当は名誉ある全国選抜に出場して、優勝をすることを目標に頑張るのが本来の形だと思います。が、正直練習がきつすぎて、勝ちたいっていうのはもちろんでしたが、春合宿を回避したいって気持ちがでかかったです。。。とにかくこの全国選抜までの4か月が高校生活最大の地獄の『新チーム』期間です。この新チームの練習台になるのは花園で引退をした『三年生』です。2月中旬まで新チームの練習台になります。高校生はやっぱり3年生はレギュラーの大半を占めるので、つい最近まで全国大会を戦っていたメンバーが相手なのでかなりきついです。そして今まできつかった分、新チームを三年生がコテンパンにするのが毎年恒例みたいでめちゃくちゃでした。。。大体次のレギュラーはこの人達だろうな〜って思っていた人達がAチームとして、特に練習で追い込まれます。そして、この時未経験者で入った一年生でAチームに入っていたのが2人いて、その人がそう『かわやん』です。まだまだへぼかったですが、夏合宿後の成長が認められて、Aチームに入りました。といってもレギュラーにはまぁまぁすごい先輩がいたので、僕は交代で入る二番手です。基本レギュラーメンバーのみが永遠追い込まれるんですが、未経験者の僕ともう一人は、ちょくちょく交代でで入らせてもらう一番いい感じで成長できる立ち位置だったので、きついけど、ものすごくいい感じで新チーム生活を送ってました。が、その生活も一瞬で地獄に変わりました…。新チーム開始して1週間もたたないうちに同じポジションの先輩『前十字靭帯断裂』というケガをしてしまい、急遽僕がレギュラーとして『全国選抜大会』を目指さなければならなくなりました。正直うれしさなど、微塵もなかったです。レギュラー陣がめちゃくちゃな追い込まれ方をしているのを見ていたし、そもそもうまくなっていたとはいえ、あくまでも育成枠で評価されていた。つい最近まで未経験者の自分がレギュラーなんて張れないと思ったし、練習に耐えれる自信もなかったです。ですが、もうやるしかないし、監督も僕を何とかするという腹を決めた感じ接し方を感じました。まー練習でしっかりパフォーマンスを出すことが出来れば、何の問題もない話ですが、そんなうまくいきません。ここから本当に地獄が始まるんです。まだ僕は今年33歳で若いですが、今まであれ以上に苦しい3か月間はないです。第15話に続く・・・