【退団インタビュー】 崔 凌也[PR] プロップ冥利。

崔 凌也[PR]プロップ冥利。

 トヨタの伝統を色濃く受け継いできたフロントローが、30歳を区切りにスパイクを脱いだ。

 2017年度に加入した崔凌也。在籍は8シーズンだった。公式戦初出場は5年目、トップリーグ最後の2021シーズンの遅咲き。2シーズン前は先発7リザーブ1の8試合。昨季も先発6リザーブ2の計8試合に出場するも、今季はメンバー外が続いた。第18節の三重H戦に初めてリザーブに入り、後半15分から出場したのが全てだった。

「もともと30歳で区切りをつけようと思っていたし、実際に今シーズンプレーしていて、あまり身体がついていかない。このままだらだら続けても、と1~2月頃に考え始めて、3月に(首脳陣に)話をしました。思ったように力が出せなくなったのが一番。出し切ったこともありますし、もうやりたくない(笑)」

 北九州出身、父親の勧めで小5から帆柱ヤングラガーズで楕円球を追った。2人の弟もラグビー選手。長兄がいちばん長く現役を続けた。東福岡高、筑波大とラグビーの第一線を歩んだが、本人曰く「最初は小倉高校に行きたかったんですが、決断するタイミングが遅くて書類が間に合わなかった。それでヒガシが拾ってくれた」

 ずっとラグビーは続けるつもりだったが、「どっぷりの日々」は想定外だった。

「ヒガシに入ったとき、“俺はもうラグビーから逃げられないんだ”と思いました(笑)」

 筑波大に進み、2017年度にトヨタに加入する。同期は姫野和樹、バティリアイ・ツイドラキら、才能あふれる仲間が揃っていた。

「入ったときは、あまりのレベルの高さに“やっていけるのかな”って。当時は何もできなくて全然ダメだった。4年間試合に出られなくて、長く下積みがありました。自分の中でも、ずっと“辞めてやろう”と“頑張りたい”の天秤。いま1年目の選手が普通に試合に出てるのを見て、すごいなと」

 生き残っていくための術としたのは、がむしゃらさだった。

「周りは天才ばっかり。僕は才能がないから、どれだけ身体を捨てて泥臭いことができるかが、自分の強みだった。汚い仕事を自分からやらないと、職場がもらえない」

 その努力が花開いたのはリーグワン2季目の2022-23シーズン。3月5日に秩父宮で行われた第10節・東京サントリーサンゴリアス戦だった。チームはそれまで黒星続きで3勝6敗の10位と低迷していたが、東京S戦で27-20と勝利。息を吹き返した。そこで先発してスクラム、ボールキャリーで活躍したのが崔だった。

「ケガ人が多くて“とりあえずいけ”という感じで。いつでも準備はできていましたが、それでいい結果を残せた。自分でも思い出に残ってます」

 以降、スクラムで一定の評価を得ていたが、今季は、自身のイメージ通りに身体が動かないもどかしさに悩まされた。葛藤しながらもミライマッチのリーダーとして、若手を鼓舞することに気を配った。ミライチームの成績は7勝1敗。とはいえ若手が公式戦に出るチャンスはなかなか巡ってこなかった。

「ミライには一瑳(山川)にしろマサ(北村将大)にしろ、泥臭いプレーができるメンバーはたくさんいる。トヨタはもっと泥臭く身体をぶつけて、FWで勝つチーム。トヨタの根幹はFW。昔は戦った後に“あいつらとやったら痛かったな”と思われるチームだった。」

スタンドから、ピッチで苦しむ仲間を複雑な思いで見守った。

「自陣から何十フェイズ繋いでも、ノックオン1個でキック蹴られて自陣深くに戻される。これは辛いよ、と思って観てました。トヨタは日本一になるポテンシャルは十分ある。キックをばんばん使って、FWにエナジー溜めさせてゴール前で爆発すれば」

 ミライマッチでは若手に伝えていたのは「楽に勝とうよ」ということ。

「怠惰なプレーで勝つのではなく、システムは多少無視してもいいから、接点は強いので確実に自陣から脱出して、敵陣に居続ける。それだけで相手には精神的に負荷がかかる。そういうラグビーをすればいいんじゃないのかな。いまのトヨタは自慢できるところが分からなくなっている」

 最前線で身体を張って支えてきたからこそ、今のスタイルに疑問を投げかける。

「トヨタの強みを、姫野が十分に伝えてくれたら」

 伝統の再生は同期に託した。

 これからは家族との時間をゆっくり過ごす。2人目の子供は男の子。夫人は「ラグビーを」と望むが、「やるとしたらBK。CTBは難しいかな。FWは良くない。やって3列くらい」。自分のポジションは入っていない。

「プロップは修行です。何回も言ってるんですけど、練習も試合も楽しくない。やってて全く面白くない。あるのは達成感と終わったときの安堵感。これは全プロップを敵に回してるかもしれないですけど」

口火を切ったら止まらない。

「不思議です。スクラム、好きじゃないのにめっちゃやっちゃう。好きじゃないけど何回も映像見るし、負けたらめちゃくちゃ悔しいし、若い子が上手くなるとすごく嬉しくなる。それがプロップ冥利、プロップの味だなと。FWは人間の根っこの部分がよく出る。特に1列。だからめっちゃ仲良くなりやすい。プロップやってて本当によかった」

 本心は真逆。それが伝わるから、誰からも慕われた。

「みんなが僕の発言を忘れた頃、しれっとクラブハウス行きます(笑)」

ヴェルブリッツ自慢の「フロントロー列伝」。またひとり新たな章が加わった。    (文・森本優子)

(写真説明)

思い出に残る試合は、秩父宮で行われた2023年3月5日の東京S戦

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