【ブログ】職場紹介 第2回 牧野慎二[S&Cコーチ]S&Cはやりがいしかない

職場紹介 第2回
牧野慎二[S&Cコーチ]
 
S&Cはやりがいしかない。
 
S&C。ストレングス&コンディショニングの略である。現代のスポーツ界で不可欠の専門職だ。
「ラグビーで言えばケガをしない身体づくり。走る、投げる、跳ぶ、投げる…スポーツをする上での基礎動作を向上させることです」

トヨタヴェルブリッツで5シーズン目を迎える牧野慎二S&Cコーチは、定義をそう説明する。

ラグビーには様々なスポーツの動作が含まれる。激しいコンタクトを繰り返し、かつ走るスピードも要求される。その要素を組みあわせて、トップレベルで戦う選手の身体を作り上げる。牧野コーチはその理論と熱で選手から厚い信頼を得ている。


大阪府堺市出身。小学生時代から短距離に親しみ、高校から社会人2年目まではやり投げにも取り組んだ。アスレティックトレーナーを志し、大阪の専門学校に進学。卒業後はNPO法人に就職し、リレーや体育の家庭教師に携わっていた。社会人2年目のある日、専門学校時代の教師から「近鉄ライナーズがS&Cコーチを募集している」と聞き、迷わず手を挙げた。それがラグビーとの出会いだった。
「大阪出身ですが、ラグビーが盛んなのは東大阪市周辺で、初めてラグビーボールに触れたのは、近鉄に入ってからです」

S&Cスタッフとして近鉄に入団したのが2006年。トップレベルのラグビーの現場で出会ったコーチが、人生の航路を決定的にした。

バイロン・トーマス氏(元セブンズNZ代表、ブルーズ アスレティックトレーナー)と、キム・シプリングハム氏(現オールブラックスサイエンティスト)である。ともに近鉄のスタッフを務めていた。
「ラグビーはただ速ければいい、ではだめ。身体を大きくして、走れないといけない。そのプログラムをデザインしてトレーニングする。プロのコーチに出会って初めて、S&Cの面白さを知りました」

トーマス氏はスポットコーチ。送られてくる英語のメニューを読み、グラウンドで選手に落とし込んだ。
「トーマスさんのメニューは陸上に近くて、自分の専門分野に近かった。選手と一緒に走ってやってました」

二人の人間性にも惹かれた。
「人柄はもちろん、選手への接し方、モチベーションの上げ方、データの見せ方…。すべてが新鮮でした。これでやっていきたいなと」

近鉄に4シーズン在籍、2010年から立命館大ラグビー部ヘッドS&Cコーチとして、活躍の場を移す。日本ラグビーの将来を考えたとき、大学カテゴリーの強化が必要と考えたからだ。当時、立命大ラグビー部は他の大学に先駆けて身体づくりの重要性を認識、プロの専任スタッフを置いていた。
「中林さん(正一=現チームコーディネーター)が土台を作ってくださって、いい文化がありました。チームは真面目で熱心に取り組んでくれる学生が多くて、こっちが出せば出すほど吸収してくれた」


現在のリーグワンには、立命大時代、指導に携わった選手がたくさん活躍している。ヴェルブリッツの古川聖人もその一人だ。
「トップアスリートが揃う大学で成長できた。次は自分としてステップアップしたいと」


立命大で7シーズン務めた後、誘いがあったトヨタヴェルブリッツに加入する。


そこで再び衝撃的な出会いが待っていた。現在、南アのブルズのヘッド・オブ・アスレティック・パフォーマンスを務める一本杉仁志氏である。
「僕の中では出会えたこと自体が奇跡です。知識、技術力、考え方…。一本杉さんに会って、自分の考えが甘かったと思い知らされた。もう一度一から勉強し直しました」
一本杉氏は大阪工大高出身。日新製鋼、豊田自動織機でプレーした後、海外へ。現役引退後はキャンベラ大でスポーツサイエンスを学び、ブランビーズで経験を積んだ。‘20年6月までトヨタのスタッフを務めた後、ブルズのディレクター・オブ・ラグビーに就任したジェイク・ホワイト前HCに請われ、海を渡った。
「プランニング、データの見方、出し方。知識もそうですし、“なぜこれをしないといけないのか”という引き出しの多さ。そんなところまで見るのか、と」

S&Cは、まず測定した数字ありき。だが、そこから何を読み解くか。そして数字に表れない本質をどう見抜くかが、大きな分かれ目となる。
「ただ測っただけ、ただ能力を見るだけでは話にならない。その数字を見たとき、いいものか悪いものか判断基準を理解していないと」

S&Cとしていちばん大事なのは、選手のケガを防ぐこと、ケガをしない身体を作ること。
「肉離れを起こせば6週間の離脱です。それがプロの選手なら、評価に直結する。その前に“肉離れを防ぎたいから、こういうメニューをやります。あなたはこの数値まで上げてください”とやってもらう。危険信号を数字で察知して、いかに事前にケガを止められるか。だからこそ、データをしっかり見ないといけない」

選手の特徴はそれぞれ違う。50人いれば、50種類のメニューが必要だ。その必然性も先輩から学んだ。追いつこうと必死で学んだ2年間。3年目からは、一部を任せてもらえるようになった。
「任せられた責任はもちろん、自分を言い逃れできない環境に置いてくれた。そこでより成長できました」

その伝統は今もチームに根付いている。大学からインターンで学生が来る場合、通常は準備や片付けなどの簡単な作業を任せるが、前任者は彼らにも責任ある仕事を振った。
「一切妥協しない方ですが、それを乗り越えると自信になって、成長させてくれる」

厳しい指導を乗り越え、インターンから成長してリーグワンで活躍する若いスタッフを送り出した。現在の石松壮樹S&Cコーチも、氏の薫陶を受け、スタッフとしてチームに加わった。
「選手への接し方、コミュニケーションの取り方、選手の頑張りにどうサポートすべきか。一本杉さんにはS&Cがどうあるべきかを教わった」

選手に合ったプログラムを作れるS&Cはいる。牧野コーチが目指すのは、さらにそれを百㌫引き出せるS&Cコーチだ。

そのためにはグラウンドでのパフォーマンスにとどまらず、何気ない会話から選手の状態をくみ取ることも心掛ける。やりがいを感じるのは選手から「いま調子がいいです」と言われるときだ。

現在は一本杉氏の後任、ジェイソン・プライス ヘッドS&Cコーチをサポートしている。
「彼の考えに対して、プログラムを組んでいます。シンプルですけど、勉強になります」

S&Cは日進月歩の世界。自身の勉強に充てる時間も求められる。
「どれだけ時間がかかっても、選手にいい影響を与えるものなら、自分が取りにいかないと、頑張っている選手に失礼です」

この仕事を天職と自認する。
「S&Cはやりがいしかない」
ヴェルブリッツ以外にも、トヨタ所属のアスリートをサポートしている。円盤投げの湯上剛輝(まさてる)は、担当2年目に日本記録を更新、日本選手権で優勝した。女子ラグビーの山中美緒も、リオ五輪後にケガに見舞われたが、東京五輪前に復活、二大会連続出場を果たした。手腕は確かだ。

牧野コーチの姿は、グラウンドでリザーブがウォームアップを始めるときに確認できる。試合が始まれば、HCが望むタイミングで選手をベストの状態で送り出すことに集中する。
「選手にエナジーを与えられる声掛け、リザーブ選手が出るときには、いい状態で流れを変えられる雰囲気にしたい。


僕自身、ラグビーをやってないので、めちゃくちゃ詳しいわけでもない。だからこそ、少しでも鼓舞できたらいいかなと。一方で冷静に戦況を見て、誰かが足を引きずっていたら、いつでも次の選手が行ける状態にする」


ルーキー選手が初めて試合に出るときは、それとなく傍にいて、リラックスできる言葉をかける。数字を駆使しつつも、選手の心の細かな動きに気配りを怠らない。
「ラグビーやってる選手はホンマ尊敬します。こんなにしんどいスポーツなのに、人間的にもいい選手の集まり」

今日も牧野コーチは360度アンテナを張りめぐらし、選手をベストのコンディションにするため心を砕く。

 
文/森本優子

 
まきの・しんじ/1983年10月7日生まれ/大阪医専→NPO法人アスリートネット→近鉄ライナーズ→立命館大→トヨタヴェルブリッツ


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